中国
中国

中国への福音伝道は唐王朝(7世紀~10世紀始め頃)に始まりました。
特にフランシスコ会やドミニコ会の修道士たちが、様々な伝道活動を行ったと言われていますが、厳しい状況の中、成果を残せずに終わったようです。2世紀以上の完全な鎖国の後、1582年にイエズス会の偉大な宣教師マテオ・リッチが北京の王宮に迎え入れられ、福音伝道の許可を受けました。その後、海外からの布教活動に対して、比較的制約のない状態と厳しい迫害が繰り返される中で、中国での福音伝道は中断と再開を繰り返しました。イエズス会、フランシスコ会、ラザリスト会、パリ外国宣教会、ミラノ外国宣教会やその他多くの修道会は、この強大な国での福音宣教に力を注ぎました。 聖ザベリオ宣教会、創立者のグイド・マリア・コンフォルティ司教から派遣され、会の宣教師2人が初めて中国に入ったのは1899年のことです。しかし、当時は義和団反乱の荒れた時代で、ラステッリ神父が過労のため中国で亡くなり、その後、マニニ助祭が帰国し、会の布教活動は約2年で一旦終了しました。
その後、1904年に4人構成によるチームが派遣され、中国での活動が再開されました。聖ザベリオ会が当初、中国での布教活動を行った1899年から1947年の間、116の会員が中国での布教活動に従事し、人々の間に福音を伝えました。その後、毛沢東体制が中国全国に及んだ際、すべての宣教師が中国から追放されたため、会員は日本、インドネシア、東パキスタン(現バングラディッシュ)、シエラレオネ、ブラジル、メキシコなど、新しい宣教の地に派遣されました。 1984年、聖ザベリオ宣教会は改めて「中国プロジェクト」を立ち上げ、中国の福音宣教に再挑戦する事になりました。このプロジェクト実現のため、まず数人の会員が台湾に派遣されました。プロジェクトの主な目的は、中国がまた世界の超大国となり、その存在感が増している中で、聖ザベリオ宣教会内外で当地での福音宣教の必要性についての認知を得ることでした。神学及び人間学の専門的知識を持つ会員の活動範囲は、布教活動のみならず、現地で人道主義に基づいたプロジェクトに参与し、文化交流と対話を促し、また教育の分野等で人々に貢献していくことへと広がっています。