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C年 年間第7主日

C年 年間第7主日
モヨリ神父

今日の福音(ルカ6・27-38)は、復讐と暴力を放棄するように私たちに勧めています。復讐と暴力の代わりに、悪に対する無抵抗の原則と敵を愛するという戒めをイエスは弟子たちに課しているのです。

 つまり、「悪には悪で勝てない、暴力には暴力で勝てない」と言っているように思えます。悪や暴力は、同じような行ないで仕返すことなく溶解させたときに打ち負かされ、憎しみは、それを甘んじて受ける愛によってのみ破壊されるのです。

 今日の福音のような言葉を聞くと、私たちは拒絶反応を起こさずにはいられません。強者の権力が圧倒的な勝利をおさめ、悪が弱者や非武装者に襲いかかるのが世の常ですから、イエスの勧めは狂気の沙汰に思えます。敵を愛せよとの戒めは、この世界の冷酷な残虐さを知らない夢想家のたわごとに思えます。
イエスは、邪悪なことを知らないわけでは決してありませんでした。嫌われ、身ぐるみ剥がされ、殴られ、殺されるということの意味をよく理解していました。けれども、今日のイエスの言葉は彼自身の中にある真実でした。じっさい、彼は自分を憎む者を愛し、奪われた以上のものを与え、自分を罵る者を祝福されたのです。
その行ないによってはじめて、その言葉は正当化されるのです。その言葉は、犯罪的な無責任さを意味するような、不敬な知恵の産物ではありません。そして、その言葉を語っているのは、この世の政治家や社会学者ではありません。語っている者は、苦しみによって悪を克服したのです。ですから、その戒めを正当化する唯一の根拠は十字架です。キリストの十字架に「イエス」と言う者だけが、その戒めに従うことができます。そして、その戒めに含まれる約束の成就を見届けることができます。善は愛によって悪に勝るのです。モヨリ神父

*作者の絵 寺脇まなせ