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喜びのしるしを見つける

喜びのしるしを見つける
クラウディオ神父

喜びのしるしを見つける

「あなたがたのうちにいる主を喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」
(フィリピ4:4)

心に灯ることば

待降節の第三主日は「喜びの主日」と呼ばれます。
ヨハネの厳しい声のあとに、パウロの柔らかな呼びかけが響きます。
「喜びなさい」。それは強制ではなく、心に湧き上がる泉のような招きです。
主の訪れは、悲しみを消すのではなく、悲しみの中に光をともすもの。
涙の中にも、静かな喜びが芽生えるのです。

私たちの毎日の中に

喜びは大きな出来事だけではなく、小さな瞬間に宿ります。
朝の光、子どもの笑顔、分かち合う食卓。
待降節の喜びは、派手な祝祭ではなく、日常の中に隠れています。
「もう一度言います、喜びなさい」それは繰り返し思い出すこと。
疲れや不安の中でも、心に小さな灯を見つけること。
主の訪れは、喜びのしるしを通して私たちを目覚めさせます。